平成自分史を振り返える〜会社員を辞めた理由〜

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平成自分史を振り返っていますが、
本日はなぜ会社を立ち上げたのか?
振り返ってみます。
 
 
 
平成21年に
直近に勤めていた会社を
辞めたわけですが、
 
 
この辞めた理由は、

当時の営業ルールで、

 
「あと1棟」
 
が売れなかったからでした。
 
 
 
リーマンショックが起こった年、
中古住宅再生事業で
別会社に転籍していたのですが、
 
その会社の業績不振から、
転籍前の会社に「再転籍」という形で
戻ることになりました。
 
 
 
この年、戻った会社では、
早期退職者を募集していた頃で、
 
戻った会社も
厳しい状況に立たされていました。
 
 
 
転籍していた会社では、私は管理職で
中古住宅再生事業に取り組んでいましたが、
 
再び戻った会社では、
建売住宅の営業職として、
あらためてスタートすることになりました。
 
 
 
当時の営業職には、
 
一定の期間内に、
一定の棟数が販売できないと、
退職しなければならない
 
というルールがありました。
 
 
 
いわゆる「ノルマ」というものですが、
決して過大なものではなく、
最低限クリアすべき販売棟数で、
 
今までの経験・実績からすれば、
決して難しい目標ではありませんでした。
 
 
 
営業職復帰後は、
徐々に販売のカンも取り戻し、
契約も上がっていきました。
 
 
 
そんな中、
次第に目標達成までの期間が
迫ってきました。
 
 
 
決して高い販売目標では
なかったのですが、
 
目標までの「あと1棟」が、
なかなか上がりませんでした。
 
 
 
当時の自分なりに、
どうすれば契約が上がるのか?
 
 
 
焦りと不安の中で、
頭をフル回転させて考えました。
 
 
 
そして期日まで、
残り1週間を切ったとき、
 
あるお客様にご検討いただくことになり、
会社まで説明を聞きに、
いらしていただきました。
 
 
 
今までは、
お客様への説明や物件のご案内、
契約の最終打ち合わせまで、
全て自分一人で行なっていましたが、
 
これがラストチャンスと思い、
当時の支店長にも同席してもらい、
接客・打ち合わせに入りました。
 
 
 
諸々必要なご説明をさせていただき、
ご理解いただいたところで、
ご契約いただけるかどうか、伺いました。
 
 
結果は、
決断するには時期早々ということで、
ご契約には至りませんでした。
 
 
 
それから数日が経ち、
目標棟数に達成することができず、
期日がきました。
 
 
 
営業ルールでしたので、
会社を辞めなければならない状況に
なってしまいました。
 
 
 
数日後、会社から、
特例的にもう1ヶ月頑張ってみるか?
と声をかけてもらいましたが、
 
自分が会社に残るために
お客様に何千万もする家を買ってもらう
気がしたため、
 
その話も断り、
会社を辞めることにいたしました。
 
 
 
 
しかしながら、
 
こうした状況になったことで、
 
今までの自分を振り返り、
思い深く反省したことがあります。
 
 
 
そして、それが
今の会社を立ち上げた理由にもなり、
 
今行なっている
「実家の空き家対策」に
つながることにもなりました。
 
 
 
続きは次回にお伝えしますね。